ネットを有効活用しま専科ブログ:18/06/05

11-01

一年ほど前に、家の車を買い替えようかという時、
オレが
「マニュアルミッションの車にしたい」
「どうしてもクラッチを踏みたい!」
と力説していたところ、
妻は「僕の乗りたい車にしよう」と言ってくれました。

普段は妻の方が車に乗る機会が多いので、
嫁にとっては不便なのにもかかわらず、
オレが喜ぶからといって、そう言ってくれるのです。

その想いに触れた時、
私は何とも言えない気持ちになったのを覚えています。

また、
あたしが出掛ける時には、
家内はおにぎりを作ってくれます。

いつも何の気なしに食べていたのですが、
ある時、ふと
「嫁は、どんな気持ちでこのおにぎりを作ってくれて、
わしに持たせてくれてるんだろう?」って。

その想いに触れて、
おにぎりを食べながら、
僕は涙が出そうになったことを覚えています。

それらを思い出した時、わしはハッとしました。

毎日作ってくれるライス…
出掛ける時にかけてくれる「いってらっしゃい」という声…
アイロンのかかったシャツ…

全てに家内の愛と想いが込められているということに改めて気づいて、
ハッとしたのです。

「ぼくはこんなにも愛されていて、
こんなにも大事に想ってもらっているのか!」

そして同時に気づきました。
私の愛し方がいかに独りよがりだったか…ということに。

僕は嫁のことが大好きで、
とっても愛しているのですが、その愛し方というのは、
ボクが一方的にその愛情を与えるだけで、
家内の愛や想いというのを
全然受け取れていなかったんですね。

嫁のことが好きだからといって、
その愛を奥さんに与えて、
それで一人で満足している部分があることに気づきました。